新時代にマツチするパワー素子

RFパワーMOSFET活用宣言

 

 

大久保秀顕

はじめに

MOSFET(MRF151)とその前段にハイブリッド・モジ

ュールCA2832Cを使用し、入力lmw(odBm)で、出

300Wが得られるパワー・アンプ(写真3-1)について

紹介します。動作周波数範囲はMOSFETの高ゲインと

広帯域性を活かして、2M 55 MHzとしています。

HF(2M 30 MHz)用の広帯域アンプは、バイポ

ーラ・トランジスタを使用したものが数多く発表されて

おり、ほとんどのHFトランシーバにも同様の広帯域ア

ンプが採用されています。

しかし、バイポーラ・トランジスタを使用した広帯域

アンプは、終段のゲインがMOSFETに比較して低いこ

とや、周波数特性とひずみの改善および安定性向上のた

めに使用するNFB(ネガティブ・フィードバック)回路の

ために増幅素子0ゲインが押えられるため、アンプの入

力電力をlm(O dBm)、出力電力を300w(54.8

dB)とすると、ユニットとしては3〜4ステージ()

の構成となっています。

参考までに、バイポーラ・トランジスタおよびMOS-

FETを使用したパワー・アンプの構成例を図3-1に示

します。

増幅ステージ数が多いということは、終段アンプ以外

で消費される電力も多くなり、結果としてアンプ・ユニ

ットの電源効率を下げることになります。

したがって、アンプ・ユニットのひずみと総合効率だ

けを考えれば、なるべく増幅のためのステージ数は少な

いほうが良いということになります。

今回製作したアンプは、外見は2ステージ構成、電気

的にはCA2832Cの内部2ステージ+MRF151× 23

 

 

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ステージ構成となっています。CA2832Cのひずみに関

しては、IMD(相互変調ひずみ)値などをメーカが保証

しているため、設計者は総合的なひずみに関する検討が

楽になります。

電源効率は表3-1に示すように28V動作のバイポー

ラ・トランジスタ・アンプでは45%MOSFETでは49

%となります。ただし、表では各デバイスの効率を50

%と仮定し、CA2832CAクラス動作なのでデータ・

シート値から効率は16%としてあります。

なお、各ステージの増幅素子に高いゲイン(この例で

はアンプ・ユニットとして50 dB)が要求されるので、発

振などに十分気を使う必要があります。

各デバイスについて

3-2、表3-3MRF151CA2832こあ基本的な

特性です。以下、簡単に各デバイスの概要を述べます。

MRF151

Nチャネルのエンハンスメント・モードのFET ,

動作電圧50Vで出力150Wぶ得られ、動作上限周波数

175 MHzです。同等品にダMRF15oがありますが

イ・ジオメトリやパッシベーションの方法などが改良さ

れており、動作周波数に対するパワー・ゲインが高くな

っています。また、入力容量(Ciss)、出力容量(Coss)

帰還容量(Crss)などのデバイスの内部容量もMRF150

と比較して低い値となっています。 |

パッケージは同一形状なので互換性があります。しか

し、MRF151には、まだマッチド・ペアは準備されてい

ませんので、プッシュ・プル回路などで使う場合には、

ゲート・バイアス回路は各々、別に調整できるようにし

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ておいたほうがよいでしょう。

マッチド●ペアというのは、モトローラ社の高周波用

デバイスの製品ラインナップの中にあるもので、

MRF150の場合、ゲート・スレッショルド電圧と順方向

トランスコンダクタンスgrsの値が比較的近いものを2

個ペアにして供給しているものです。

MRF150の場合にはデバイスのパッケージにアルフ

アベットによって、これらのランクがマーキングされて

います(以前はカラー・ドットでしたが、判別しにくいの

でアルファベットに変更された) したがって、プッシ

 

ュ・プル回路などで、使用するデバイスの特性を揃えた

い場合などには便利です.

これらのMOSFETにはゲート保護用のダイオードが

付加されていませんので、デバイスを基板に取り付ける

ときなどに静電気による破壊に十分注意してください。

CA2832C

動作電圧28VldBコンプレッション出力が33

dBm(2W)で、動作周波数lM 200 MHzという広帯

域アンプです。

内部回路を図3-3に示します。内部はカスコード接

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続のトランジスタがプッシュ・プルで使用されており、

これを2段組み合わせて一つのアンプとしています.

このデバイスのほかにも、モトローラ社は同様の広帯

域アンプを各種ラインナップしており、このシリーズの

ハイブリッド・パワー・モジュールのことをリニア◆パワ

ー・モジュールと呼んで他のCATV用のモジュールや

FM用のハイプリッド0パワー・モジュールと区別してい

ます。

これらのリニア・パワー・モジュールは、良好なリニア

リティと広帯域特性をもっており、主なアプリケーショ

ンとしては計測器などがあげられます.

CA2832Cのパワー・グインは100 MHz35.5dB

なっています。動作はAクラスなので、良好なIMD

性をもっています。CA2832C単体の入出力特性とIMD

特性を図3-4、図3-5に示します。

パッケージはポピュラな高周波用パワー0モジュール

と異なり、CATV用パワー・モジュールと同一の形状で

す。このパッケージは、ヒート・シンクに縦横どちらか

らでも取り付けられるようになっています。

放熱については動作環境にもよりますが、デバイス・

ケース温度が90°C以下になるように、必要に応じてヒ

ート・シンクを追加してください。前記したように、こ

のモジュールはAクラス動作なので、入力信号の有無

に関係なく発熱します。

入出カポートのインピーダンスは50100Ωまで使用

可能で、常用されている50Ω ラインにマッチング回路

なしで直接接続することができます。信号ラインは、最

短になるようレイアウトしてください.またゲインが高

 

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いため、入出力が結合して発振などを起こさないように

注意してください。

回路

3-6に全回路図を示します。50 dB以上のゲインを

もつアンプとしてはシンプルな回路だと思います。入出

カトランスの構造は図3-7を参照してください。

ドライバ段

CA2832Cは、前記したように50Ω ラインヘ接続する

には整合回路は不要ですが、データ。シートによると、

入力ys殷は最悪値で211となっているため、反射

波がアンプの前段の機能に悪影響をあたえるようであれ

ば、アッテネータなどを挿入してリターン・ロスの改善

を図ったほうがよいでしょう。

回路にAPC(オート・パワー◆コントロール)をかける

場合には、PINダイオードによるアッテネータなどを

挿入し、入力電力をコントロールする方法によって

APCを行ってください。CA2832C7ccをコントロー

ルする方法だと、CA2832CIMD特性や高調波特性な

どが変化してしまいます。

電源端子は、デバイス自身が高ゲインなため、バイパ

ス用コンデンサはなるべくデバイスに近い位置に接続す

るようにしてください。普通のセラミック・コンデンサ

のリードを短く切って使用します。

MRF151の入出力回路

入出力回路には、インピーダンス・マッチングのため

にフェライト・コアを使った広帯域トランスを使用して

います。

 

また、周波数特性の改善のためにNFB(ネガティブ・

フィードバック)を組み合わせています。このNFB

路は入力のSWRの補償も兼ねています。

入カトランス

入力側のインピーダンス変換トランスTlは、従来か

ら使用されている1次巻線と2次巻線が分離したタイプ

で、巻線比は1:2です。したがって、インピーダンス

変換比は1:4となっています。

コアは初期透磁率μi=125で、メガネ形のものを使い

ました。入力側のトランスなので、通過電力は少ないた

め小型のコアでOKです。トロイダル・コアを使ったト

ランスは、伝送線路型の広帯域トランスとなるので、動

作周波数で十分なインダクタンスが得られれば、動作周

波数高域でのロスが軽減できるため、結果としてアンプ

の周波数特性やゲインなどの改善につながります。

出カトランス

出力側のトランスT3についても同様のトランスを使

用しています。しかし、インピーダンス変換比について

2種類のものを実験しました。

これは、希望出力電力に対しての最適化を図るためで、

MRF151プッシュ・プルの最大出力である300W出力時

には、インピーダンス変換比1:4(巻線比1:2)であり、

150W出力時にはインピーダンス変換比4:9(巻線比

2:3)としています。計算式には以下の式。)を使用しま

した。

▲インピーダンス比1:4のとき

インピーダンス比4:9のとき

これは、150W出力および300W出力時のIMD特性

を比較するために実験してみました。

フェライト・コアは、入力側と同じμJ=125のもので

すが、そのサイズは扱う電力が大きいので磁気飽和およ

びコアの発熱によるトランスのインダクタンスの低下な

どを起こさないように十分余裕をみてサイズを検討して

ください

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特に、直流電流が出カトランスに重畳するような回路

の場合には、コアの磁気飽和に注意を払って設計してく

ださい.

入出カトランスを設計する場合、コア材の選択が重要

です.RFトランスの動作可能周波数の上限はトランス

巻線(のうち長いほう)の線路長で決まり、下限はトラン

ス巻線のインダクタンスで決まります。線路長はだいた

1/8波長以下を目安にしてください。

今回の例では、 トランスのコア・サイズがさほど大き

くなく、巻き数も少ないので上限周波数については問題

ないと思います。下限周波数については、動作に必要な

インダクタンスをなるべく少ない巻き数で得るために、

フェライト・コアなどに巻線することによって構成しま

す。最低動作周波数で必要なインダクタンスは次式によ

って求めました。

ここにR:回路インピーダンス(ゲートーゲート間、

ドレインードレイン間)

f:最低動作周波数

最低動作周波数を2 MHzR=12.5Ω とすると、上

の式からL4μHとなります。

トランス巻線には特性インピーダンス25Ω のテフロ

ン同軸ケープルを使用しています。これは、フルー・パ

ワー時にトランスのフェライト・コアが相当発熱するた

めに、熱に強いケーブルを使う必要があったためです。

この同軸ケープルには50Ωのケープルを使用すること

も可能です。

また、多少高域のゲインなどの特性が悪くなりますが、

テフロン皮膜の銀メッキより線なども使用することができます。なるべく皮膜の薄いものを選んでください。

トランスの1次巻き線は低インピーダンスのため流れ

る電流が多く、巻き線自身の損失を下げる必要がありま

す。このことについては、1次巻線を銅などのチュープ

を使用して製作することで対処できます(2:3などの巻き線比のトランスには無理ですが・・・)

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● インダクタンス補正用コンデンサCについて

回路図中、C※ は各トランスのインダクタンスの補

正用のコンデンサですので、周波数特性、効率およびゲ

インなどをみながら調整してください。出力側トランス

T3のコンデンサは無くても動作しますが、このコンデ

ンサでアンプ高域の特性を調整しすぎると、広帯域アン

プではなく狭帯域アンプになってしまいます。

● トランスT2

トランスT2はアミドン社のFT-82-61というトロイ

ダル・コアに直径0.8mmのウンタン線をバイファイラ

巻きしています。巻線のホット・エンド側とコールド・エ

ンド側に注意してください.

NFB回路はこのトランスの中に1ターンのピックア

ップ。ループを通すことによって、出力電力をピックア

ップしています。NFBの量についてはフィードバック

用の抵抗値によって決定されます。しかし、抵抗値を小

さくすると、この抵抗で消費される電力が大きくなるた

めに、使用する抵抗の耐電力を考えてください。

入出カトランスのコア材とインダクタンスの関係や設

計方法、およびNFB回路については文献(1)を参照して

ください。

● 製作した基板について

基板のパターンについてですが、FETのドレイン側

と出カトランスの1次側間のパターンは、なるべくイン

ダクタンスが低くなるようにレイアウトしてください。

この部分のインダクタンスが高いと、動作周波数帯域の

高域でゲインが低下します。

また、今回使用した基板はFETのプッシュ・プル回

路テスト用の基板のため、CA2832Cのためのパターン

は基板上にはありません。この部分は手もちの50Ω の

セミリジッド・ケープルで配線しています。セミリジッ

ド・ケーブルは1.5D2Vなどの同軸ケニプルや50Ω の

マイクロストリップ・ラインでも代用できます。

● ゲート・バイアス回路

回路は基本的にはバイポーラ・トランジスタ用のバイ

アス回路と同じものですが、MOSFETのゲート・バイ

アスには電流は必要ありませんので、電流ブースト用の

外付けトランジスタは使用していません。温度補償には

サーミスタを使用していますが、当然のことながらデバ

イスの近くにマウントしてください。

そのほか、基板上面の部品(特にトランスなど)が連続

動作時に相当熱くなりますので、基板上面にも空気が流

れるようにしたほうが、信頼性が向上します。

■測定結果

● 入出力特性

3-8に出カトランスのインピーダンス変換比が4:

91:4の場合の30 MHzにおける入出力特性を示し

ます.飽和出力は、各々設計値よりもだいぶ上回るよう

です。ゲインにはだいぶ余裕があるので、アンプ入力や

CA2832CMRF151間にアッテネータを挿入したほうが

よいかもしれません。

● パワー・ゲインの周波数特性

周波数特性は図3-9のようにNFB回路を使用してい

るとはいえ、 このままではだいぶゲインに差があります。

MRF151の入力回路部分で入力VSWRに対する補正と

NFB回路を最適化すれば、もっとフラットな特性にな

ると思います。

IMD特性

30 MHzにおけるIMD特性を図3-10に示します。3

IMD11IMDの周波数特性を図3-11に示しま

すが、50 MHz以上ではちょっとデータシート・スペッ

クを満足させることは苦しいようです。

今回の測定では、データシートの測定条件のとおリア

イドリング電流IDQを各々250 mAにしていますが、も

う少し多めに設定すれば(発熱が多くなりますが)IMD

特性は若干よくなります。

● その他

今回はロード・ミス・マッチの条件でテストを行ってい

ません。このような条件下では回路の安定性を考えれば、

ゲート・シャント抵抗の値はもっと小さな値にしたほう

がよいでしょう。

◆参考・引用*・文献◆

(1)大久保秀顕:パワーMOS FET[MRF154]による250

MHz、出力lkW、広帯域パワー・アンプの製作、 トランジスタ技術、198812月号、p.557. |

(2)*モトローラ、 アプリケーションノート、AR-313

Wideband RF POWER Amplifier.         

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